お城通信第9号 | 地球交響曲第八番トークセッション
【お城通信vol.9】地球交響曲第八番トークセッション
出演:龍村仁(監督)、中澤宗幸(ヴァイオリン製作・修復者)、畠山 重篤(牡蠣養殖家)、榎木孝明(俳優)
司会:櫻井泰行 当会理事
上映の後トークセッション

トークセッションでは、大腿骨を骨折した龍村仁監督が奇跡の回復力で杖をつきながら登壇していただきました。そしてヴァイオリン製作・修復のスペシャリスト中澤宗幸さん、牡蠣の養殖家畠山重篤さん、ここまでは予定通りのゲストでしたが、第1回の映画からずっとナレーションをしている榎木孝明さんが特別ゲストとして急遽加わり、豪華メンバーになりました。
まずは当会に「小田原城天守調査研究室」(案)と称する研究部門を設け、先述の社会人大学院生で「宝永度小田原城天守の軸組架構 方法の研究」を修士論文とした宮本啓氏を研究員として招聘。更には、現在の小田原城天守の復原設計をされた藤岡通夫氏の研究室出身で建築家の高橋政則氏を室長としてお迎えしました。藤岡先生は1932年に東京工業大学を卒業され近世建築史 城郭・住宅 研究と各地の復原天守にも偉大な業績を残した方です。高橋氏はその最後の研究室に在籍していたこともあり、藤岡門下の諸先生との関係を取り持っていただくためにも室長就任をお願いしました。
監督は挨拶の中で、人工関節をつける手術をし3日間で退院したことの経験を次のように述べています。
監督:人間が科学技術の進歩で作ったものと(人工関節の事をさして)宇宙が作った超高度の仕組みとこれが一緒になって初めて人類なんだ、これがガイアのテーマだよね。人間の持っている秘められた能力はすごいなと思います。ガイアシンフォニーの出演者もすごいことを成し遂げている人ですが、特別の人ではなく人間として生まれた限り誰もが必ずそういうものは持っている。そういう意味でガイアシンフォニーは一見特別な能力を持った人を取り上げているように見えるけど、全部普通の人ですから。
こんな監督のガイアに対する思いからトークセッションがはじまりました。トップバッターは中澤宗幸さんの紹介からです。
兵庫県生まれで代々山林業と製材をしていたそうです。監督が中澤さんを選んだ理由について伺うと…
監督:非常に直感的なものでしょうね、ヴァイオリンも物ですから年代が入り込んでへたって来るわけですよね、そうすると世界中のストラディヴァリウスをもった人たちが彼のところへ修復をしに持ってくるということを知りました。ストラディヴァリウスも物ですからね、使えば使うほどくたびれる、だけどその修復に何で日本人のヴァイオリン修復者の所に来るのかなということがあった。でも映画を撮るうちにその理由が分かりました。皆さんも見てお分かりになったでしょう。
(映画の中でこまという部品を説明するのに身体を使ったジェスチャーで表現したことに対して)彼の身体全体のなかで木のことを感じておられるということが興味深かった。続いて畠山重篤さんの紹介です。

監督:彼のことを知ったのは牡蠣の養殖の為に森に樹を植える植林運動をしているということを知ってからです。はじめは変人扱いされていたらしいけど、そんな変なことをする人は大体面白い、それこそ直感で感じましたね。海の人が何で山のことをやるのか、およそ普通の人でないことをやる。そんなね、山から海に繋がっていることをもっと知っている、そう思ったので会いに行ったわけです。」
最後に榎木孝明さんの紹介です。榎木さんはガイアシンフォニーの関係者の中で一番長くお付き合いをしているのが自慢なんだとおっしゃっていました。
監督:彼はご存知のとおり俳優をしているわけですが、その一方でしょっちゅうフーテンみたいにどっかに行っちゃう 旅をしたり絵を描いたりしているでんすね、そして彼に固執していたというよりもガイア的なるものを身に付けている人だと思ったんですね。旅をするという事はたいてい自分が知らないものや珍しいものを見に行くわけですけど彼は逆をしている、風景から見られていることをしてみているんですね。
その言葉を返すように榎木さんは監督のことを
榎木:変な人つながりだと思う、(監督は)感性の人です。もちろん感性の鋭い監督はいっぱいいますが、私は監督と会って今日のゲストのふたりとおなじですけれども、偶然は必然です、シンクロニシティ=共時性とも言われますけどそれを感じさせてくれる監督だった。私はナレーションで参加させていただいていますけれども、言霊、音魂そういうものが映像としてスーッと入ってくる。私も俳優として感覚的に演じたいということがありますので言葉は要らないんですね。そういう感性のつながりですね。
各自の紹介が一通り済んだところでそれぞれの仕事や取り組みについて監督とゲストのやり取りがありました。中澤さんとのやり取りから
監督:二人とも頭で考えたことをやろうとしているんではなく、身体的に身に付いていることをしている、そういうことが感動するんだ。中澤さんの本質が(映画の中で)見えるところは、こまの役割を説明するのに体を使ってしているわけだけどそれが自然にでてくるところ、彼がいかに身体的直観力をもっているか、事務所の職員は先生に変なことをさせているというのだけど、そういうふうにしか説明できないという彼の身体性を見事に現している。(その後、中澤さんがそのこまの役割について体を使って説明する。)音楽家が彼のところへ依頼してくるのは、それをどう理屈や言葉で言っても説明しきれない、それを彼は体を使って表現してるわけだが、そういうところが面白い。実は身体性の身体そのものが持っている直観力とか叡智とかいうものが、例えばヴァイオリンのとの関係において自分が身体のように感じるということなんだなと思いました。
畠中さんとのやり取りから
監督:畠山さんも最初に気仙沼の牡蠣の海が汚れてきて何故そういうことが起こるのかというときに、直感的に湾に流れ込んでくる水そのものが汚れていると感じ、源流のところに眼をつけて山に植林をすることを思いついた。そういう感覚はどういうところから来たのかと思うと艪を漕ぐというところから来ているのではないかと思う。孫にも艪を教えて いるということだがその辺どうなのか。(映画の中でも孫と艪を漕ぐシーンが印象的)
畠中:漕げるようになるというのは理屈じゃないんだということを伝えている。(畠山さんはこの返答の前に漁師にとって何が大事か説明しているがこれは次号に回す。)
監督:何でこういうことを聞くかというと、ガイアシンフォニーなんていうのは最初に地球はひとつの大きな生命体で、われわれはその一部として生かされているみたいな事をやろうなんてそんな観念ではないんだ。これ全部身体性が自然との関係においてそれが開いてきているときに直感的に分かる事なんだ。お二人に話してもらったのはそういうことで、ガイアシンフォニーも実を言うとほとんど直感ですよ、誰を選ぶというのも直感とご縁というのかな。なぜかご縁が出来てしまう。そういうご縁の中で直感的にご縁が生まれてそのご縁がご縁を生むということですね。
榎木さんとのやり取りから
榎木:(ガイアシンフォニーの始まりについて)私は「宇宙の声が聴こえますか?」というのが原点だと思っています。でも最初は2年間世に出なかった。これはもうお蔵入りになるのかと思ったときがあります。なかなか時代的に理解されないときにそれでもやろうと思った監督の思いを聞きたい。
監督:映画を作ったら映画館がやってくれるもんだと思っていたらどこもやってくれないで2年間お蔵に入っていた、誰もこんな映画に人は来ないというわけだけどね、俺はそんなことはないと思ってた、こういう映画を見たいと思っている人は大勢いると思っていたが、既存の映画館のシステムでやってくれなかったので別な事をやった。あちこちで小さな試写会を企画したら、はっきり分かってきた事が、こうゆう映画は初めてだけどすごい感動したみたいな事を言ってくれる人がいて、あちこちで誰でも上映会が出来るようにした。最初はほとんど女性だったよ。女性たちが自分でも主催できるんじゃないかって思って連鎖反応のように広がっていった。人それぞれは生き方も違うし時代も変わるしバックヤードは違うんだけれど、一番深いところで自分の命が自分の個人のもちものであると同時に、何か自分をはるかに越えた大きな繋がりの中で自分を生かしていただいているというこの感覚はみんな知っているわけ。だからこの映画を見てみると特別のように見える人もみんな同じことを言っているなって。今は映画館でもやってくれる。
今回はここまで、この後、皆さんの活動のことや、今後の当会の天守を木造で復原する活動のこととも繋がる話しをしていただきました。次回をお楽しみに。(尚、文章として分かりやすいように編集していますのでご承知置きください。
編集・文責
岩越松男
「小田原城天守閣摩利支天安置空間の再現」

小田原城天守閣は、2016年5月1日に耐震補強や空調の整備、外壁の塗り直し、展示リニューアルなど全面的な改修により、美しく安全で快適な施設によみがえりました。オープン以来、予想を超える入館者を得て、2017年7月5日には100万人を突破しました。新しくなった展示は、今回取得した北条氏政の弟、氏規の甲冑(腹巻)、北条氏政を苅谷俊介さん、北条氏直を合田雅史さんが演じた「北条五代百年の夢」などの4本の映像作品、その他にも多くの見どころがあります。中でも一番にお勧めしたいのは、最上階に再現された摩利支天 安置空間です。
摩利支天は、三面六臂(3つの顔と6本の腕)で猪に乗る立像で、貞享3年(1686)に大久保忠朝が小田原藩主になった際に天守に奉安したと伝えられるものです。以来、明治3年(1870)に解体されるまで天守最上階に安置されていたものです。
天守閣耐震改修等検討委員会委員の神奈川大学名誉教授の西和夫先生らの研究チームによって天守模型等の調査が行われ、東京国立博物館蔵の模型「東博模型」の研究により詳細な間取りなどが判明し、空間再現につながりました。再現にあたっては、小田原藩有林を引き継いだ辻村山林や隣接する久野山中の小田原産木材を使うとともに、製材や運搬は小田原地区木材業協同組合が担い、小田原城銅門などの復元工事を手がけた小田原の宮大工の芹澤毅棟梁を中心に、「おだわら工匠会」の職人らが心を一つに力を合わせて仕事にあたりました。
天守の心柱であった一尺五寸(45cm)の八角形の「将軍柱」は、樹齢300年の杉が、空間の北西隅の柱は、「全国削ろう会小田原大会」で展示された樹齢200年の杉が象徴的に使われています。小田原の木・人・技で蘇った摩利支天安置空間の再現は、官民の壁を乗り越え、オール小田原の力が結集してはじめて成しえることができた仕事であったと思います。そこに参画できたことを天守閣改修に担当した一人として誇りに思います。(小田原城天守閣 館長 諏訪間 順)
