小田原城の天守を木造で復原することに取り組んでいます。(H)

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小田原城天守事始め ~木造天守への道~


第19回 「東博模型」と「引図」からみた軸部の組み立て方について③

今回も引き続き軸部の組み立て方についてご紹介しますが、本天守は層塔型ですので基本的に3階から上は同じ軸組の繰り返しになります。ご存知のように、西和夫博士の研究により最上階に「摩利支天空間」が発見されましたが、今回その部分については割愛します。

3階から4階

3階の身舎外周部には1間ごとに管柱が建ちますので、⑨柱盤や2重目の側柱などを納めていきます。全体に渡って側柱は、足元と柱頭部など3カ所で身舎柱或いは入側管柱に繋がれています。⑩心柱と身舎柱を繋ぐ指物や敷桁などを納めて2重目までが建ち上がります。

3階から4階①


次に⑪4階の柱盤や身舎の管柱、側柱などを納め、⑫入側と繋いでいきます。4階には「摩利支天空間」を構成する柱が身舎の内部に建ちますが、軸部構造を検討すると、あくまで見え掛かりとしての柱に過ぎず構造的な意味合いは薄いことが考察できます。

3階から4階②


4階から小屋組


続いて⑬最上階である4階の繋ぎ梁などを納めていきます。図⑬の赤線で表記した部材は「飛貫」としてしまいましたが、実際は側柱を貫通してホゾがでていますので本来「貫」とは言えません。修論執筆時の著者のミスですが、もしかしたら幅を扱いた指物にあたるのかもしれません。最後に⑭軒桁を納めて軸組は完了します。身舎外周部と心柱で荷重を受けていますので、先述したように、身舎内部に柱が建っても大きな荷重はかからないことがわかります。

手順としてはこの後小屋組を造っていきますが、実際は初重、2重目の小屋組は軸組の進捗に合わせて同時進行だったかもしれません。さて、皆さんも想像を巡らせてもう一度初めからアタマの中で組み立ててみてください。加えて、一体どれくらいの数の職人さんがここまでの過程に関わったのでしょうか…。

次回は、これまでにご紹介した内容を総括して、特に3基の模型と引図の今後必要な検証についてご紹介したいと思います。お楽しみに。

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